初めに
DC電源の制御には、パワーMOS-FETを使用して回路を設計することも増えていると思いますが、廉価で種類の多いトランジスタを用いた回路も身近で便利です。
出力制御端子付きの電源ICを使うという制御方法もありますが、この場合は負荷系統が複数ある場合には複数の電源ICを並べなければならず効率が良いとは言えません。
トランジスタの電源制御回路設計では、いくつか抑えるべきポイントがありますので、ここではそれを説明していきます。
電源制御回路の設計方針
今回取り扱う 電源制御回路 とは、入力される電力を出力側にオン/オフ制御する回路をさしています。
単純ですが使用する場面は多いと思います。
このような回路の設計で最初に確認しなくてはならない重要なことは何でしょうか。
まずは安全性です。
その後に耐久性や採算性といった項目が出てきます。
電力というエネルギーを扱うので、事故があると影響が大きくなる可能性があります。デバイスの選定/回路設計という基本の他に保護回路といった保険もありますが、まずは制御回路設計が問題ないという観点で進めたいと思います。
デバイスの選定ミスをしないためには、制御する電圧と使用する最大電流を確認しなければなりません。過去に実績のある回路だから安心という考えも散見されますが、負荷が異なると、その実績はあてにならないということは多々あります。数台の試作では変更した負荷で動作していても、計算して設計していないとデバイスの特性のバラツキを吸収できず、量産すると不具合が出るといったことも起こりえます。
基本の回路
図1のような回路図を見かけることがあると思います。大なり小なり電流を制御する電源の半導体スイッチ回路ということになります。このような回路構成になるのは、3.3Vや1.8Vといった低い電圧で動作しているCPUやSoCのポート出力で、5Vや12V、24Vといった、ポートの電圧以上の直流電圧を制御するためです。
2つのトランジスタが使用されていますが、ここでは上方のPNPトランジスタをSWトランジスタ、下方のNPNトランジスタを制御トランジスタと呼びます。
簡単な動作説明
SWトランジスタのエミッタ(左側)に元の電力源があり、コレクタ(右側)に制御された電力が出力されます。
制御トランジスタのベース(左側)にHigh信号が入るとSWトランジスタがオンしてコレクタ側に電力が出力されます。
① SWトランジスタの選定
SWトランジスタには、このSW回路で制御される電流が流れます。
従って負荷で使用する電流よりも十分に大きなコレクタ電流を流せるトランジスタを選定しなければなりません。負荷電流とデータシートのコレクタ電流(Ic)が同じでも理論上は問題なさそうですが、実際には2倍以上のコレクタ電流のデバイスを選ぶことをお勧めします。
これには色々な理由がありますが、全てのデバイスは、理論上の理想のデバイスではないこと、負荷電流は定常動作時の規定であることが多く、実際には負荷回路が起動して動作が安定するまでの突入電流や、短時間のピーク負荷電流が流れる場合が想定されます。
SWトランジスタの選定には電流だけでなく電圧の耐圧の確認も必要です。
コレクタベース間電圧(Vcbo)はマイナス表記ですが、その絶対値が制御する電源の電圧以上のデバイスを選んでください。これも2倍以上の余裕があれば好ましいです。
選定のもう一つのポイントは、電流増幅率(hfe)です。
SWトランジスタのベースに流す電流値にhfeを乗じた値が、負荷がかかった時に実際に供給できる最大の電流になります。(最大コレクタ電流Ic以上は流せません)ベース電流も限りなく大きくできるわけではありませんので、バランスを考えるとhfeの値は大きいほうが設計はやりやすくなる一方、hfeが大きいと一般的にトランジスタの価格は高価になります。hfeは同じ型番のトランジスタでもランクによって異なり、値にも幅がありますので、回路を設計する際は、ランク指定や、ランク内での最悪のhfeの値で計算しておく必要があります。ランクを指定しない場合は、最小のhfeで回路が安定して動作するよう計算します。
- 電流条件
- コレクタ電流Ic > 使用する負荷電流の最大値 の2倍
- ベース電流 × hfe(最小値) > 使用する負荷電流の最大値 の2倍
- コレクタベース間電圧Vcbo > 制御する電源電圧の最大値 の2倍
電圧条件
※ベース電流の算出は後述のベース抵抗値の決め方で説明します。
※上記の条件に記載の「2倍」については設計上の余裕度の目安です。
回路を使用する目的(ホビー、実運用、高信頼性)、耐久性(3日間、1カ月、10年)、
使用環境(常温、高温、低温、湿度)、単価予算、製作数量などの違いによって
適切な値に変更が可能です。
② 制御トランジスタの選定
制御トランジスタは、SWトランジスタのベース電流をオン/オフすることで、電源制御回路をコントロールします。
制御トランジスタのコレクタ電流が、ほぼSWトランジスタのベース電流と等しくなります。
SWトランジスタの場合と同様に、データシートでSWトランジスタに必要なベース電流の2倍以上のコレクタ電流を流せ、かつコレクタ・エミッタ間電圧が、制御電圧の2倍以上あるデバイスを選択します。
hfeに関しては、使用するマイコンのポート電圧の論理Highの最小値から使用する制御トランジスタのVbe(0.7V程度)を引き、その電圧値をベース抵抗値で割り、その値が制御トランジスタのコレクタ電流割るhfe(最小)の2倍以上になるよう設計、または選択します。
ベース電流の値は上記で説明したように制御する信号のHighレベルとベース抵抗値で決まりますが、制御信号側はマイコンなどではHigh出力は小さい電流しか取れないことが多いので注意が必要です。ベース電流の最大値はポートの供給電流の最大値を超えないように設計しなければなりません。
制御トランジスタでもう一点気を付けなくてはならいのが、コレクタ損失Pcです。
トランジスタはスイッチとしてオンしてもコレクタとエミッタの間に電圧Vce(sat)が残ります。そこに電流が流れるということは、コレクタ電流とVce(sat)の積が熱損失になりますので、この値の最大値がトランジスタのコレクタ損失(Pc)を超えてはいけません。実際にはデータシートのPc値の半分以下にすることが望ましい設計となります。
一般にデバイスの熱損失(Pc)の許容値はパッケージのサイズでほぼ決まります。制御トランジスタには、実装面積の関係でチップトランジスタやチップの抵抗内蔵トランジスタを使うことがありますので、データシートのPcとVce(sat)の値に気を付けてください。
抵抗内蔵トランジスタは便利ですが、Vce(sat)が大きいものが存在します。またダーリントントランジスタもVceの値が大きくなるのでこの用途には向きません。
※ダーリントントランジスタ:コレクタ電流を稼ぐため1つのパッケージの中にトランジスタが2段になっているトランジスタ
- 電流条件
- コレクタ電流Ic > 使用する負荷電流の最大値 の2倍
- ベース電流 × hfe(最小値) > SWトランジスタのベース電流 の2倍
- コレクタベース間電圧Vcbo > 制御する電源電圧の最大値 の2倍
- Pc > Vce(sat) × 実際に流れるコレクタ電流の最大値 の2倍
電圧条件
電力条件
※Pc(許容損失)を考慮するときに、温度ディレーティングという考えが必ず付いてきます。
周囲の温度が高いと仕様上の最大の値から小さくなっていきますので、使用する回路の周囲温度が高い場合はデータシートの確認を忘れないようにしてください。
③ SWトランジスタのベース抵抗値と定格ワット数の決定
図2 各トランジスタの電流ベース抵抗の値は、適切な出力電流の確保のためにある程度流すということと、制御トランジスタのコレクタ電流(Ic)、許容損失(Pc)を超えないことのバランスで決めなくてはなりません。
制御する電圧が一定の場合は、さほど難しくありませんが、制御する電圧の範囲がばらつく場合、例えばバッテリーや車載機器(10~16V)などは注意が必要です。
最初のポイントは、制御する電圧が最小で、SWトランジスタのhfeも最小、抵抗値のバラツキ(一般品で±5%)が最大、制御トランジスタのVce(sat)が最大のときでも、SWトランジスタが必要とするコレクタ電流を確保できるベース電流の供給を考慮します。
二つ目の注意点は、逆に制御する電圧が最大、抵抗値のバラツキが最小の場合でも、制御トランジスタのコレクタ電流(Ic)、許容損失(Pc)を超えない(2倍の余裕)ようにベース抵抗の値を決定します。
最後に、ベース電流が最大の時でも、ベース抵抗自身の定格電力を超えてはいけません。抵抗の放熱は理想的にはいかないので、ここは3倍以上の定格電力の余裕が欲しい所です。足りない場合は定格電力の大きい抵抗を使用しますが実装や調達、価格に影響が出てきます。
- SWトランジスタのコレクタ電流確保
- ベース抵抗値(誤差最大) < {最小入力電圧-最大Vce(sat)} ÷ (最大負荷電流÷最小hfe) の半分
- ベース抵抗値(誤差最小) > {(最大入力電圧-最小Vce(sat)}2 ÷ Pc(制御トランジスタ) の2倍
制御トランジスタの許容損失(Pc)確保
※最小Vce(sat)は規定が記載されていない場合は最悪値の0Vで代替計算します。
- ベース抵抗のW数 > {(最大入力電圧-最小Vce(sat)} 2 ÷ ベース抵抗の最小値 の3倍
※入力電圧が変動する場合、ベース抵抗値の選択肢は狭くなり、条件が不成立の場合はSWトランジスタや制御トランジスタの再選択に戻ります。
④ SWトランジスタのベース-エミッタ間抵抗値の決定
この抵抗は、出力オフ時にSWトランジスタをオフするために接続されています。
SWトランジスタのベースをHighに保っておけばよく、電力消費にも大きく影響しませんので定数を細かく検討する必要はありません。1k~10kΩ程度でよいでしょう。
⑤ 制御トランジスタのベース抵抗値の決定
ベース抵抗の値の決定に際して、一般的にあまり電流が取れずかつ電圧の低いCPUやSoCの出力ポートからのドライブで制御トランジスタを駆動する点に注意が必要になります。
ベース抵抗値を大きくして電流を制限すると電流が足りず制御トランジスタを駆動できません。逆に小さくして電流を流そうとするとCPUやSoCのドライブ電流の能力を超えてHigh論理の出力電圧が規定の電圧から下がったり、ポートの故障の原因になったりします。
ドライブ源から引き出せる最大電流は、出力電圧から制御トランジスタのVbe(約0.7V)を引いた値をベース抵抗で割った値になります。
この電流値に制御トランジスタのhfe(最小)を掛けた値が制御トランジスタのコレクタ電流になりますので、この値がSWトランジスタのベース電流を超えるように設計する必要があります。
- SWトランジスタの必要ベース電流確保
- ベース抵抗 < (ポートのHigh電圧ー制御TrのVbe) × 制御Trの最小hfe ÷ SW-Trの必要ベース電流 の半分
- ベース抵抗 > (ポートのHigh電圧ー制御TrのVbe) ÷ ポートの最大供給電流 の2倍
マイコンポート出力の過負荷回避
⑥ 制御トランジスタのベース-エミッタ間抵抗値の決定
ベース-エミッタ間の抵抗は、制御トランジスタを確実にオフするために接続されています。
マイコンのポート出力がオフまたは起動時等で不定状態にあるときに制御トランジスタのベースをLowに保っておけばよく、制御トランジスタのベース抵抗に対して十分に大きな値を取っていれば良いので10k~100kΩ程度に設定します。
まとめ
ある程度の電力を消費する回路の直流電源のオン/オフを制御する回路の設計方法を説明してきました。
今回の説明は、回路の大量生産を意識した部品のバラツキの吸収と部品のコスト低減を考慮し、かつ安全も意識して設計の余裕度をかなり大きく見積もっています。
製作する数量が少なければ、全ての使用部品が都合の悪い方にバラツク確率は低いですし、多少お金をかけてスペックの高い部品を使用すれば設計の自由度は広くなります。
ラジコンバギーで一発勝負を乗り切ればよいのか、人工衛星に積んで10年間確実に稼働させたいのか、目的が異なれば設計上の重要ポイントも変わってきます。
それぞれの目的に合った設計をご検討ください。